浄土真宗 親鸞会

人生の目的 Top >> 第1章

特集:人生の目的

 もし、「人生の目的」がなかったら、大変なことになります。
 生きる意味も、頑張る力も消滅してしまうからです。
 なのに、 「人生に目的なんて、ないよ」 と、言う人が、意外に多いのです。
 本当にそうでしょうか。何か、大事なものを、忘れていないでしょうか。
 1度きりしかない人生、後悔しないためにも、まず、「なぜ苦しくとも、生きねばならぬのか」を考えてましょう。


◆第1章◆「人生の目的」なかったら大変だ!

(5)目的地もなく あなた、歩けますか

「人生の目的なんて、考えなくても生きていけるよ」 と言う人もあるだろう。
 では、お尋ねしよう。「目的地もなく、あなた歩けますか?」

 駅まで、学校まで、会社まで、と目的がハッキリしていれば、天気が悪くても、多少時間がかかっても、歩いて行ける。
 しかし、「とにかく、一生懸命に歩くことが大切なのだ」と言われても、途方に暮れるだけだろう。
 目的地も分からぬまま、どの道を行くのか。交差点は右か、左か、直進か。歩く時間は20分か、1時間か、一日中か……。不安は募るばかりだ。やがて、疲れ果てて、倒れるのは明らかだ。

 こんなバカげたことは誰もできない。人生も同じではないか。

「一生懸命生きることイコール良いこと」と、世間の常識のようになっている。親も、先生も、友人も、皆、「頑張って、一生懸命に生きていこう」と励ましてくれる。
 そのとおりだ。だが、いちばん大事なものを、忘れていないだろうか。「なぜ苦しくとも、生きねばならぬのか」の人生の目的を。これこそ、全人類の忘れ物、といえるだろう。
「どう生きるか」をアドバイスしてくれる人はあっても、「なぜ生きるか」を問題にする人は、どれだけあるだろうか。

 目的地が分からぬまま、一生懸命に歩けば歩くほど、早く疲れて、道端に倒れるだけである。 「人生の目的」がハッキリ定まってこそ、どんなに苦しくとも、元気を出して、本当に一生懸命生きることができるのだ。

 悔いなき人生、人間に生まれてよかったと叫べる一生にしたい、と思うならば、「人生の目的」を、今、真剣に考えるべきである。

(6)大事を急ぐべき  徒然草の教訓

 有名な『徒然草』に、目的を見失った、哀れな男の話が載っている。

 ある男が、親から、「仏教の勉強をして立派な僧侶になりなさい」と教えられた。
 そこで、彼はまず、馬の乗り方を習った。法事の際、施主が馬で迎えに来た時、落馬したらつらいだろうと思ったからである。
 次に、法事の後の酒席で、何も芸ができなかったら、施主が興ざめに思うだろうと、歌を習った。
 乗馬と歌謡の力がある程度ついたあとも、もっと上達したいと打ち込んでいるうちに、仏教を勉強する時間がないまま、年をとってしまった。
 この僧侶だけが愚かなのではない。世間の人々にも、同じようなことがあるものだ。
 一生をのんびりと構え、つい怠けて、目前のことばかりに心を奪われ、月日を送っている。肉体は、走って坂を下る輪のように、どんどん衰えてゆくのだ。
 だから一生のうちで、どれがいちばん大事なことか、よく考えなければならない。その他は断念して、いちばん大事なことに励むべきである。(第188段・要約)

 この男の場合、仏教の勉強をして立派な僧侶になるのが目的であった。
 ところがいちばん大事な「目的」を忘れ、急がなくてもいいことに熱中しているうちに、年をとってしまった、という笑い話だ。
『徒然草』は鎌倉時代の随筆である。作者・吉田兼好の指摘を人生に当てはめるならば、まず、「人生の目的」をハッキリ知ることが重要なのだ。目的が明確になれば、何を優先すべきか、自ずと決まる。

 目的を見失い、目前のことに振り回されていると、一生は、アッと言う間に過ぎてしまう。いつの時代でも、大切な心掛けである。

 もう1つ、日常の例で、考えてみよう。
 駅でタクシーに乗ったら、まず、何を言うか。目的地である。次に、「3つめの信号を左に曲がって、突き当たりを右へ行って……」と、道順をドライバーに指示する。

 目的地も告げず、ただ「走ってくれ」と言ったならば、運転手を困惑させ、いたずらに時間と金銭を浪費するだけである。

 人生もまた同じ。どう生きるかを考える前に、「人生の目的」をハッキリ知ることが、最優先課題なのだ。

(7)「どうでもいいことを追いかけ、一生を終わる人が多い」

目的の大切さを訴える利根川教授

 1987年にノーベル生理学・医学賞を受賞した利根川進教授(マサチューセッツ工科大)も、目的の大切さを指摘している。

「サイエンスというのはカバーしている領域が広くて深いから、こまかいことをほじくり出したら研究対象なんていくらでもあるわけです。だけどその大半は、そういったらいい過ぎかもしれないけれど、どうでもいいことなんですね。だけど、大半の学者は、何が本質的に重要で何が重要でないかの見分けがつかないから、どうでもいいことを追いかけて一生を終っているわけです。
(中略)一人の科学者の一生の研究時間なんてごく限られている。研究テーマなんてごまんとある。ちょっと面白いなという程度でテーマを選んでたら、本当に大切なことをやるひまがないうちに一生が終ってしまうんですよ。だから、自分はこれが本当に重要なことだと思う、これなら一生続けても悔いはないと思うことが見つかるまで研究をはじめるなといってるんです。科学者にとって一番大切なのは、何をやるかです」


 立花隆氏との対談集『精神と物質』の中での発言である。大半の科学者は、どうでもいいことを研究して一生を終わっているとは、手厳しい評価だ。何を目的にするか、その判断の重要性を教えている。

 人生においても、同じことがいえる。「人生の目的」とは何か、真剣に考えずに、 「面白そうだから」 「みんなが行くから」 「親が勧めるから」 「何となく……」 などと、ちょっとした動機で一生を過ごしていないだろうか。
 何が重要かを、いかに見極めるかが、成功のカギといえよう。

(8)目的なき人生には絶望あるのみ

 再び、人生を飛行機にたとえてみよう。

 生まれたときが、飛行機が飛び立った時。
 乱気流やエアポケット、暴風雨など様々な苦難が待ち受けているだろう。

 さて、どんな飛び方がよいか。それが、政治、経済、科学、医学、芸術、倫理、道徳、趣味や生きがいといわれるものである。
 これらは、飛行機でいえば、飛び方に当たる。どの高度で、どんな速さで、どのように飛行するか……。

 飛び方も大切だが、パイロットにとって最も大事なのは、目的地である。
 たとえば、関西空港を離陸した飛行機ならば、行き先はどこなのか。沖縄の那覇空港か、アメリカのロサンゼルス空港かによって、コースも飛び方も大きく変わってくるだろう。

 何も考えずに、ゆったり、ボーッと大空を飛び続けたいと思う人もあるだろう。
 しかし、燃料には限りがある。やがて燃料切れの墜落が待っているだけだ。 「人生に目的はない」とか「人生の目的が分からない」と言いながら、とにかく生きている姿は、目的地を知らぬまま飛び続けている飛行機と同じである。
 何かで気を紛らわそうと、はしゃいでみても、どこかから、得体の知れない不安がわいてくるのは、そのためである。

 着陸できる空港が存在しないと分かれば、絶望あるのみ。
 どうして、暴風雨に耐えて、頑張って飛び続けることができようか。

「なぜ苦しくとも生きねばならぬのか」の人生の目的こそ、古今東西万人共通の一大事なのである。

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