人生の目的

 もし、「人生の目的」がなかったら、大変なことになります。
 生きる意味も、頑張る力も消滅してしまうからです。
 なのに、 「人生に目的なんて、ないよ」 と、言う人が、意外に多いのです。
 本当にそうでしょうか。何か、大事なものを、忘れていないでしょうか。
 1度きりしかない人生、後悔しないためにも、まず、「なぜ苦しくとも、生きねばならぬのか」を考えてましょう。


◆第3章◆歴史の証言

 古来、数え切れぬ人々が、幸福を求め、悩み、苦闘し、生きてきた。
 しかし、生涯を振り返り、夢や幻のごとし、と述懐する人が、あまりにも多い。それは、家康と同様、「生きがい」を「人生の目的」と誤認した悲哀にほかならない。
「同じ石で2度つまずくものは馬鹿者である」 といわれる。
 先人の足跡を、単なる『物語』として眺めていては進歩も向上もないだろう。 「人生の目的」を探求する私たちは、歴史の証言に耳を傾け、同じ過ちを繰り返さぬようにしたい。

(2)義政、謙信、信長  夢の人生を詠む

「何事も 夢まぼろしと 思い知る 身には憂いも 喜びもなし」 (足利義政)

 室町時代の将軍の中で、金閣を建てた3代・義満と並んで有名なのは、銀閣を建立した8代・義政である。
 義政は、趣味風流の世界に生きた男だ。能、水墨画、茶道、華道、書院造の建物、山水をあしらった庭など、今日、日本文化の代表として海外にも紹介されている多くは、義政の時代に形成されたものである。
 義政は政務を顧みず、東山に広大な山荘の建築に没頭した。その一部が室町芸術の粋を凝らした銀閣である。
 風流の中で生き、最高の芸術の中に身を置いても、1人の人間として、孤独な魂は、「何事も 夢まぼろしと 思い知る」と述懐せずにおれなかったのだろう。

「四十九年 一睡の夢 一期の栄華 一盃の酒」 (上杉謙信)

 越後の武将・上杉謙信は、生涯、戦いに明け暮れた。武田信玄との、川中島の決戦は有名である。
 天下取りを目指す織田軍を、加賀で撃破し、信長を恐れさせた。関東平定へ進発しようとした矢先、病に倒れ、49歳で、この世を去っている。
「戦功を競った一生も、一眠りする間の夢のようだ。天下に名を馳せた一代の栄華も、1杯の酒ほどの楽しみでしかなかった」
 人生の目的を知りえなかったむなしさが漂っている。

「人間五十年 化天の内をくらぶれば 夢幻のごとくなり」  (織田信長)

 これは、舞の『敦盛』の一節である。織田信長は、好んでこの一節を歌いつつ、舞ったという。
 天下統一へ向け、進撃を続けていた信長は、49歳で、部下の明智光秀に殺された。本能寺で襲撃を受けた時、炎の中で、やはりこの一節を歌いながら死んでいったといわれている。
 人間の一生は、夢か幻のように、アッという間に過ぎ去る、というのが共通の感傷のようだ。だからこそ、何に向かうか、人生の目的が最も重要になるのである。

(3)「一炊の夢」  立身出世を求めた青年

 中国に「一炊の夢」という故事がある。その由来を見てみよう。
 開元7年(719)のこと。 街道沿いの茶店に1人の老人が休んでいた。名を呂翁という。
 そこへ1人の若者がやって来た。近くの村の盧生という青年である。粗末な身なりで、黒い馬に乗っている。田んぼへ行く途中であった。
 盧生も、この茶店に入り、先客の呂翁と同じ席に腰を下ろした。
 初対面であったが、何となく打ち解け、会話がはずんだ。
 しばらくすると、盧生は自分のボロ服を眺めながら、大きなため息をついて言った。
「男として生まれながら、みじめな有り様です。これからの人生を思うと情けない限りです」
「どうしたんだね。おまえさんの体は、どこも悪いところもなさそうだし、今の今まで楽しそうに話していたじゃないか」
「何が楽しいものですか。毎日、ただ生きている、というだけです」
「では、どうなれば楽しいのかな」
 盧生は、若き情熱をぶつけるように言った。
「立身出世を果たし、将軍や大臣となり、豪華な食事を前に、美しい歌声を聞いて、耳を楽しませたい。一族は繁栄し、一家ますます富んでこそ幸福といえるのではないですか。私も、ひところは学問を志しました。そのうちに出世がかなうと思っているうちに、もはや30歳となり、野良仕事にあくせくしている有り様。これが情けなくなくて、なんでしょうか」
 言い終わったかと思うと、目がかすみ、うとうとと、眠くなってしまった。
 この時、茶店の主は、黍の飯を炊き始めたところだった。呂翁は、袋の中から1つの枕を取り出して、盧生に言った。
「おまえさん、この枕をしてごらん。望みをかなえて進ぜよう」
 盧生は、横になって、枕に頭を乗せた……。

幸運に恵まれるが…… 波乱に満ちた人生へ

 数カ月たった。
 盧生に、名門の家から嫁をもらう話が来た。絶世の美人であり、実家は大金持ちであった。それからというもの、服装も乗り物も、日に日に派手になっていった。
 翌年、官僚の登用試験に合格。その後は、順調に出世街道をまっしぐらに進んだ。知事や長官を歴任し、盧生は、大いに業績をあげた。
 そのころ、北方から異国の襲撃があった。
 皇帝は、盧生を見込んで軍司令官に任命した。
 盧生は軍隊を率いて外敵を撃破し、領土を広げた。
 盧生は華々しく、長安の都に凱旋した。軍功によって官位は累進し、大蔵大臣、検事総長となった。
 いいことばかりは続かないものである。官僚として清廉潔白であったが、あまりにも人望があったので、時の宰相に妬まれるはめになった。
 ありもしないことを言い立てられ、彼は田舎の長官に左遷されてしまう。
 しかし、それも3年だけで、再び中央に復帰することができた。そしてまもなく、宰相という、官僚としては最高の地位についたのである。
 宰相として務めること10年、皇帝を補佐して、名宰相の誉れが高かった。

 ところが同僚のそねみから、「宰相は辺境の将軍たちと結託して、造反を図っている」と讒訴された。
 盧生の邸へ、警視総監が自ら出向き、門前で大声で呼ばわった。
「謀反の疑いによって汝を逮捕する。勅命なるぞ」
 たとえ無実であっても、高位、高官たるもの、疑いを受けただけでも自決するのが、当時のしきたりであった。
 盧生は宰相である。身に覚えはないが、しきたりに従って自殺しなければならない。
 がっくりと気を落とした彼は、妻に向かって言った。
「山東の我が家には、良い田んぼがあって、寒さや飢えをしのぐのに十分であった。それなのに、何が不足で宮仕えなどする気になったのだろうか」
 刀を抜き、我が首をはねようとしたが、妻が懸命に止めたので、果たせなかった。
 この事件では、大勢の人が死刑になったが、盧生だけは、かばってくれる人が現れ、流罪で済んだ。
 数年たつと、無実が証明され、彼は、宰相に返り咲いた。
 皇帝の信任も厚く、5人の息子はそれぞれ順調にエリートコースを歩んだ。
 盧生は、このように、辺境に流されること2度、宰相になること2度、中央や地方の高官を歴任した。政界に重きをなすこと50余年、まさに栄耀栄華を極めたのである。
 やがて、寄る年波で、体も衰え、何度も辞職願いを出したが許されなかった。それほど皇帝の信任が厚かったのである。
 病気になると、名医が勅命を奉じて来診し、高価な良薬が惜しげもなく使われた。
 臨終の時が来た。
 盧生は皇帝に書を奉った。
「私はもと山東の書生でありました。百姓仕事を楽しみにしておりましたが、たまたま官吏として登用され、過分のお取り立てにあずかりました。齢も80を過ぎ、余命幾ばくもございません。ご恩にお応えすることもできず、お別れを告げねばならなくなり、後ろ髪を引かれる思いが致します。ここに謹んで、感謝の意を表す次第でございます」
 これに対して皇帝は、見舞いの勅使を派遣した。その日の夕方に、盧生は死んだ。

50年間といえど 振り返ればアッという間の出来事

「ああ、おれは死んだか……」
 盧生は大きなあくびをして目を覚ました。
 名家の娘と結婚するところから、国家の元老として勅使を迎えて死ぬまで、50年の間の夢を見ていたのである。
 50年といえば、気の遠くなるような長い歳月のはずだ。それなのに、どうであろうか。
 茶店の主が炊いていた黍飯は、まだ、できていなかったのである。

 盧生は、がばっと身を起こして、 「ああ、夢だったのか……」とつぶやいた。まるで自分に言い聞かせるように。
 呂翁は、笑いながら言った。
「人生の楽しみも、そんなもんだよ」
 盧生は頭を下げ、 「栄耀栄華、立身出世とはどんなことか、よく分かりました」 と、礼を述べて、茶店を出て行った。

短い人生、何にかけるか  「人生の目的」探求こそが急務

 以上は、唐の時代に書かれた『枕中記』のあらましである。単なる物語ではなく、作者の沈既済が、官僚として栄光と挫折の間を生き抜いた体験がもとになっている。
 盧生は最初、茶店で、 「ただ生きているだけ」 の人生はイヤだと呂翁に言った。つまり、目的のない生き方が苦痛だったのだ。そして、 「男に生まれたからには、何かを成し遂げたい」 と抱負を述べる。
 問題は、何に、人生をかけるか、である。
 盧生は、立身出世こそ「人生の目的」だと思った。しかし、「一炊の夢」によって、それらは「生きがい」であって、「人生の目的」とは呼べないものであることを知らされたのだ。
 人生の終末にではなく、若き時に、夢を夢と知らされた盧生は幸せ者である。
 肝心なのは、それからどうするか、である。『枕中記』には、その後が描かれていない。
「これこそ人生の目的だ」と固く信じていたものが、実は、どこまで求めても、真の安心も満足も与えてくれないものであったと知らされたならば、次に、「人生の目的」は何か、真剣に探求することが最も大切なことである。

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