人生の目的

 もし、「人生の目的」がなかったら、大変なことになります。
 生きる意味も、頑張る力も消滅してしまうからです。
 なのに、 「人生に目的なんて、ないよ」 と、言う人が、意外に多いのです。
 本当にそうでしょうか。何か、大事なものを、忘れていないでしょうか。
 1度きりしかない人生、後悔しないためにも、まず、「なぜ苦しくとも、生きねばならぬのか」を考えてましょう。


◆第4章◆ 生命

(3)『いじめ』自殺の悲劇  子供たちに人生の目的を

「人生の目的」が分からぬ限り、命の重さも、また分からない。それは大人だけでなく、子供の世界にも深刻な影響を与えている。 「いじめ」は、その典型だろう。愛知県西尾市の中学2年生、大河内清輝君の自殺は、社会に大きな衝撃を与えた。
 平成6年11月27日、大河内君は、自宅裏の柿の木で首を吊って死んでいるのを母親に発見された。葬儀の直後に、次のような遺書が見つかっている。

「いつも4人の人(名前が出せなくてスミマせん。)にお金をとられていました。そして、今日、もっていくお金がどうしてもみつからなかったし、これから生きていても……。だから……。また、みんなといっしょに幸せにくらしたいです。しくしく。小学校6年生ぐらいからすこしだけいじめられ始めて、中1になったらハードになって、お金をとられるようになった。中2になったら、もっとはげしくなって、休みの前にはいつも多いときで60000、少ないときでも30000〜40000、このごろでも40000。そして17日にもまた40000ようきゅうされました。だから……。でも、僕がことわっていればこんなことには、ならなかったんだよね。スミマせん。もっと生きたかったけど……。(略)何で奴らのいいなりになったか?それは、川でのできごとがきっかけ。川につれていかれて、何をするかと思ったら、いきなり、顔をドボン。とても苦しいので、手をギュッとひねって、助けをあげたら、また、ドボン。こんなことが4回ぐらい?あった。(略)泳いで逃げたら、足をつかまれてまた、ドボン、しかも足がつかないから、とても恐怖をかんじた。それ以来、残念でしたが、いいなりになりました。(略)家族のみんなへ14年間、本当にありがとうございました。僕は、旅立ちます。でも、いつか必ずあえる日がきます。その時には、また、楽しくくらしましょう。(略)まだ、やりたいことがたくさんあったけれど……。本当にすみません。いつも、心配をかけさせ、ワガママだし、育てるのにも苦労がかかったと思います。おばあちゃん、長生きして下さい。お父さん、オーストラリア旅行をありがとう。お母さん、おいしいご飯をありがとう。(略)僕はもうこの世からいません。お金もへる心配もありません。(略)しんでおわびいたします。(略)」
(若一光司著『自殺者 現代日本の118人』)

 なんとも、胸の詰まる事件だ。かわいそうで読んでいられない。 「そんな簡単に死んでくれるな」と言いたいが、子供の小さい心には、どれだけの負担だったかしれない。
「苦しければ自殺する」 「死んでお詫びする」 という手本を子供たちに見せているのは、いったい、だれなのか。テレビのニュースで、りっぱな肩書きの、エライ人たちの自殺が、よく報じられているではないか。
「どんなに苦しくても、なぜ、自殺してはならないのか」
 まず、大人がしっかりと考え、行動することである。
 そして、子供たちにも、小さいころから、人命の尊さを教えていかなければ、悲劇はなくならないだろう。まず、「人生の目的」をハッキリ知ることが、我々の急務なのだ。
 大河内君の遺書が、大きな反響を巻き起こし、いじめを見て見ぬふりをしていた学校側の責任が問われた。教育長は市議会で、「教師の未熟さ、情熱のなさが、こんな事態につながった」と陳謝。国会でも村山首相が、「まことに痛ましい事件だ。こうしたことが再発しないよう、内閣としても文部省を中心に対応していきたい」と述べるなど、事件の波紋は文部行政を動かすまでに拡大した。
 しかし、子供の自殺は減ってはいない。

 平成10年度に自殺した公立小、中、高校の児童・生徒は192人に達し、前年度より4割も増加しているのだ。
 この異常事態を受けてか、文部省は「生きる力」を重視する教育方針の検討を始めた、と、マスコミは報じている。
 文部省の言う「生きる力」とは何なのか。
「新しい学習指導要領は、過去の詰め込み教育の反省から学習内容を3割程度減らした。その上で、『自ら学び、自ら考えて問題を解決する』という『生きる力』を育てることを大きな目標に掲げている。『学力低下』を問題視する向きがあるが、『生きる力』こそが本当の学力だ、というのが文部省の立場だ」(朝日新聞)
「『生きる力』こそが本当の学力」との結論は評価できる。だが、肝心の中味ときたら、雲をつかむようでハッキリしない。一体、何を、どう教えようというのか。
 文部省が新たな指針を打ち出した平成11年12月の、1カ月間の自殺者を調べたら、なんと校長が4人も含まれていた。
 12月9日、鹿児島県徳之島町の小学校長が、飛び降り自殺。
 12月15日、三重県伊勢市の県立高校長が、首吊り自殺。
 12月17日、鹿児島県天城町の小学校長が、割腹自殺。
 12月31日、鳥取県赤碕町の小学校長が、首吊り自殺。

『生きる力』を教えるはずの教育現場の責任者が、人生を放棄し、哀れな姿を子供たちにさらしている。これで、どうして子供の自殺を止められようか。『生きる力』を知らない教師に指導される子供たちこそ悲劇である。
 校長ともなれば、 「耐えて、投げ出さずに、生き続けなさい」 と子供たちに訓示してきただろう。
 しかし、そんな実態の伴わない言葉だけでは、苦悩渦巻く人生を生き抜くことなどできないことを、校長の自殺が証明しているではないか。
 子供たちに教えるべき『生きる力』とは、人生の目的であり、「なぜ苦しくとも生きねばならぬ のか」の答えなのである。

あなたが仏教から学べるたった一つのこと


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