「人間の実相」 平成20年8月親鸞学徒追悼法要

平成20年8月3日、親鸞学徒追悼法要が、親鸞会館で行われました。演題は、「人間の実相」について。

「人間の実相」とは

人間とはいかなるものか。お釈迦様が『仏説譬喩経』で明らかにされた譬え話です。

ロシアの文豪・トルストイは、「これ以上、人間の姿を赤裸々に表した話はない。単なる作り話ではなく、だれでも納得のゆく真実だ」と絶賛しました。

人はなぜ仏教を聞かねばならないかを、人間の本当の姿を通して教えられたのです。下は、その譬え話を絵にしたものです。

「人間の実相」を聴聞した親鸞会会員の声を紹介します。

なぜ仏教を聞かねばならぬのか

母国ロシアに伝える

富山県

 人間とは何か。
 すべての人にとって最も大事なことであり、過去、有名な哲学者や思想家が、どれだけ考えても分からなかった永遠のテーマであります。
 トルストイは、「これ以上、人間の姿を赤裸々に表した話はない」と、お釈迦さまの説かれた人間の実相の譬えを絶賛しましたが、残念ながら、その解決の道を知りませんでした。
 世界的大文豪ですら、知りえなかった真実に、何の間違いか、私は出遇うことができました。聞かせていただけばいただくほどに、その喜びは大きくなっていきます。
 すべての人が聞かねばならぬのが、真実の仏法です。
  母国のロシアにも伝えたいと思います。

人生は細い藤蔓

東京都 辻芳郎(仮名)

 特に心に残ったのは、細い藤蔓が、人間の寿命を表していることです。
 確かに、永遠の生命の歴史から見れば人生は、ほんの一瞬のことだと思いました。医学の発達により平均寿命は約80、100歳以上長生きする人もありますが、それでも、多生億劫の生命の歴史から見れば、まばたきする間もないことに驚きます。
 私は今21歳ですから、単純計算すると、あと60年ほどで平均寿命となりますが、それまで生きられる保証はないし、たとえ生きたとしても、あっという間です。
 太くて丈夫なワイヤーロープにしがみついているように思っていましたが、そうではない、細い藤蔓だと、お釈迦さまが警鐘乱打されているのだと受け止めて、聞法精進させていただきます。

光に向かって進む

栃木県 増田美智子(仮名)

 人間の実相の説法は、今の自分の姿を話されているのだと思いました。
 人間は皆、寂しいのだというお釈迦様の教えは、友人や先輩方とにぎやかにすればするほど、孤独感がつのっていた私の心の叫びでした。
 また、虎もネズミも、竜も忘れ、ただ蜂蜜に夢中になっている旅人の姿は、五欲を満たすことのみを考え、行動してきた私の姿でした。それは、こうしている今も変わりません。楽を求め、真実から遠のいて、自らが造った地獄に堕ちて苦しまねばならないことを、頭では理解しているつもりでも、心では分かっていないのです。
 しかし無常の風は刻々と、もうそこまで来ているかもしれません。
 仏法一つに向かぬ心と闘いながら、光に向かって進ませていただきます。

むき出しの自己

愛知県 荒木耕一(仮名)

 お釈迦さまが教えてくださっている、この旅人の姿こそ、一切の装飾、化粧をはぎ取った、偽りのない己の実相だと知らされます。
反論のできぬ、むき出しの私を突きつけられました。

 これほどに愚かな自己の姿を教えていただいておりながら、なお、昨日から本日ただ今まで自分が思ったこと、言ったこと、行ったことを振り返りますと、「蜂蜜」のことだけしかありませんでした。虎を、深海を、竜を、ネズミを見て、「一時驚いただけ」とはまさしく、昨日から今日にかけての私の、この姿を例えられたものです。
「私の藤蔓は絶対に切れない」と、頑として思い込んでいるのが私だと知らされ、腹が立つやらあきれるやら、こんな私だからこそ仏法を聞かねばと改めて思わずにおれません。

独りでゆく後生

東京都 山内由美(仮名)

 毎日のニュースでは、だれでもよかった、むしゃくしゃしていたと言って人を殺す、地震や豪雨で突然家を失う、エスカレーターが逆走するなど、思いがけないことが次々起こっています。いつ何が自分の身に起きるか分からない、無常の風が吹いたら、あっという間に後生、ちょっと待ってと言っても待ってくれない、大きな口を開けた虎が、今か今かと、私にかみつこうと狙っています。
 そんな恐ろしい状態なのに、蜂蜜に心を奪われ、今日は仕事があるから、今日は用事があるから、今日は具合が悪いからと、一大事の解決を先延ばしにしていると知らされました。

 苦しい時も楽しい時もいつも一緒に助け合ってきたじゃない、だから後生へ行く時も一緒に行って、と言っても夫は一緒に来てくれない。だれよりも離れたくないから一緒に行って、と言っても子供もついて来てくれない。一人寂しく行くしかない。その時が来るのは遠い先でなく、今かもしれないのだから、一刻も早く、後生の一大事を解決しなければならないと思いました。

弥陀の救いこそ本物

東京都 杉村研一(仮名)

 どことなく寂しいのが人生、それをお釈迦さまは「独生独死独去独来」と説かれていると教えていただきました。
 小・中・高と、友達こそいましたが、本当に心の底から分かり合えたかというと、そうではありません。悩みを打ち明けても分かってもらえず、私自身、人には絶対言えない心を持っていました。
 今回、私でさえ私自身を分かっていないと教えていただき、他人からも自分自身からも分かってもらえない"本当の私"とは、ずっと一人で孤独な旅を続けていると思いました。
 肉体の連れがあっても魂の連れはない。
 仏説の深さが身にしみると同時に、だれからも分かってもらえない本当の私を、心の底の底まで分かってくだされ、かつ見捨てられない阿弥陀仏の救いこそ、本当の救いだと、思わずにおれません。

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