仏教の平等観と親鸞聖人
敗戦後の日本は、自由平等を謳歌する世の中になりましたが、自由が放縦になり平等が悪平等になって社会の混乱に拍車をかけているように思われてなりません。親鸞聖人の平等観について聞かせてください。
「天は人の上に人をつくらず、人の下に人をつくらず」という福沢諭吉の平等思想に、当時の人々は驚きましたが、釈尊は3千年の古に、すでに「万人は平等なり」と道破されています。
釈尊当時のインドには、バラモン、クシャトリヤ、ヴァイシャ、シュードラといわれる、厳然たる社会の階級がありました。
バラモン(僧侶)とクシャトリヤ(王族)は、ほとんど、同等の貴い身分とされていましたが、ヴァイシャは、それらに対して、婚姻はもちろん、交際から職業までも禁じられていました。シュードラにいたっては、直接、それらと言葉も交わすことができないという、虫けら同然にみなされていました。
釈尊は、このような四姓の鉄壁を打ち破って、すべての人は、平等であると喝破なされたのですから驚嘆せずにおれません。
この釈尊の教えを身をもって実践されて、あの階級対立の厳しい封建社会にあって、すべての人に向かって「御同朋、御同行」(兄弟よ、友よ)とかしずかれ、
親鸞は弟子一人ももたず候(『歎異抄』第6章)
“親鸞には、弟子など一人もいない”
と宣言なされたのが親鸞聖人でありました。
これらでお分かりのように、徹底して万人の平等を仏教は教えられていますが、決して差別を無視した悪平等でないことを、わきまえていなければなりません。
ある大会社の社長が、一人の社員に社長室へ来るように指示しました。ところが、その社員は、「用があるなら、そちらから来るのが当然だ、民主主義の社会では、すべての人間は平等なのだ」と言って、頑として応じませんでした。
社長は、怒ったり呆れたりしながらも、これは、大切な問題を含んでいることだと考えて、上司の会長に訴えました。
ことの重大性を認めた会長は、まず、社員に対して、「君は会社の経営ができるか」と尋ねました。「できません」と社員が答えた。
次に、社長に向かって会長は、「君は、社員の仕事ができるか」と尋ねると、「やって来たことですからできます」と、キッパリと答えました。
そこで会長は、社員に向かって、
「基本的人権という点からは人間は平等だが、その能力や経験などには、それぞれ、差別があるのだから、働く場所によって上下があるのは当然であるし、命令系統にも、上下があるのは当たり前のことなのだ」
と諄々と諭して、漸く納得したという話を聞いたことがあります。
ちょうど私たちの体は、目とか耳とか手足など、いろいろの器官が集まってできていますが、どんなに手が忙しくても、足は手伝えず、目が忙しいからといって、耳が代わりをすることはできません。
目は目、耳は耳、各々、その果たすべき部署を守って働いておればこそ、一身の共同生活を円滑にしてゆけるのです。
しかし、もし足の先に蚊でもとまれば、あれは足が食われているのだからと、手は、じっとはしていません。蚊のとまった所を目が確かめ、ぴしゃりと打ちます。一旦緩急があれば一致協力して、全体の安全を守り生かすのです。
雨は平等に降りそそぎ、草木の大小によって雨量を差別することはありません。しかし、受ける草木のほうはどうかというと、大きな草木は多量の雨水を受け、小さな草木は少量を受けます。もし、大小の草木が同量の雨水を平等に受けたら、どうなるでしょう。
大の草木に適量の時は、小の草木は余り、小の草木に適量の時は、大の草木は不足して、大小ともに枯死することになってしまいます。
すなわち、平等にそそぐ雨は、不平等に受けさせて、平等に、すべてを生かすのです。
差別を無視した悪平等は、種々の悲喜劇を生み混乱を招きますから、くれぐれも注意しなければなりません。