親鸞聖人・蓮如上人・親鸞会 浄土真宗の正統な流れ
浄土真宗の正しい御本尊が御名号である理由とは (2/4)
親鸞聖人 ~生涯、御名号のみを本尊に
親鸞聖人750回忌では、正御本尊ご下附式が厳かに執り行われました。新たに親鸞学徒になった法友が、親鸞聖人の教えに従い、「南無阿弥陀仏」の御名号を御本尊として拝受するのが、ご下附式です。
親鸞聖人ご自身、生涯、名号のみを本尊とされ、お弟子や同朋たちにもお勧めになったという事実は、種々の記録によって明らかです。
本尊なおもって『観経』所説の十三定善の第八の像観より出でたる丈六八尺随機現の形像をば、祖師あながちに御庶幾御依用にあらず。天親論主の礼拝門の論文、すなわち「帰命尽十方無碍光如来」をもって真宗の御本尊とあがめましましき。 (改邪鈔)
親鸞聖人は、生涯、木像や絵像を本尊とされず、名号を御本尊となされた。
これは、親鸞聖人が木像や絵像を本尊となされず、名号のみを真宗の御本尊となされたという、覚如上人のお言葉です。
その他にも、随所で教えておられます。詳しくは、
浄土真宗講座|親鸞聖人が名号を本尊とされた根拠はなにか|親鸞会
を参照ください。
木像や絵像本尊を排して御名号本尊となされたのは、親鸞聖人が最初でした。これは決して、時代背景とか、住居の影響とかというような、枝葉末節の問題で親鸞聖人がなされたものでは断じてありません。
親鸞聖人が名号を本尊となされたのは、実に、仏教の至極であるお釈迦様の「本願成就文」の「聞其名号」の教えによってなされたことでありました。
「本願成就文」の教えは、弥陀の本願の極意であり、釈迦出世の本懐であり、宗の淵源であり、凡夫往生の枢要であり、実に浄土真宗の肝腑・骨目の教えだと親鸞聖人は讃仰されているからです。
その「本願成就文」には、「名号を聞信する一念で絶対の幸福に救われる」と説き明かされています。それゆえに親鸞聖人は、それまで各寺院などで本尊とされていた、弥陀三尊の絵図などをすべて撤廃されて、ただ名号を本尊となされたのです。
住職の意外な言葉「御名号こそ浄土真宗の正しい御本尊」|親鸞会