磯長の夢告と弥陀の本願 (3/4)
聖徳太子、命の宣告〝あと10年〟
親鸞聖人が弥陀の救いにあわれるまでに、次のようなことがあったのである。
建久2年9月12日、親鸞聖人19歳の時、比叡での求道に行き詰まられた聖人が、かねて崇敬されていた聖徳太子の御廟へ参籠されて、生死の一大事の助かる道を尋ねられたことがある。13日より15日までの3日間、籠もられたのだが、その間のことを聖人自ら、次のように書き残しておられる。
第二夜の十四日、四更(午前二時)、夢のように幻のように、自ら石の戸を開いて聖徳太子が現れ、廟窟の中はあかあかと光明に輝いて驚いた。その時、聖人に告げられた聖徳太子のお言葉を、こう記されている。
「我が三尊は塵沙の界を化す、日域は大乗相応の地なり、諦に聴け諦に聴け、我が教令を。汝が命根は応に十余歳なるべし、命終りて速やかに清浄土に入らん。善く信ぜよ、善く信ぜよ、真の菩薩を」
意味は、こうである。「阿弥陀如来はすべての人々を救わんと力尽くされている。日本は、真実の仏法の栄えるに、ふさわしい処である。よくきけよ、よくきけよ、耳を澄まして、私の言うことを。そなたの命は、あと十年余りである。その命が終わる時、そなたは浄らかな世界に入るであろう。だから真の菩薩を、深く信じなさい、心から信じなさい」
聖徳太子の御廟は、大阪府の磯長(現・太子町)にあるので、これを磯長の夢告といわれている。
これは霊夢といって、普通の夢のように、目が覚めたら忘れているようなぼんやりしたものではない。極めてハッキリした夢であり、読んだことも聞いたこともないような言葉でも、鮮明に覚えている。また霊夢は、その後、夢のとおり現実になるものである。
では、この磯長の夢告は、親鸞聖人に何を予告し、どんなことが示唆されていたのだろうか。
19歳の聖人が、最も衝撃を受けられたのは、何といっても「そなたの命は、あと十年」の予告であったことは想像に難くない。
「その命が終わる時、浄らかな世界に入るであろう」の夢告も、甚だ不可解であったろう。
だから「真の菩薩を、心から信じなさい、深く信じなさい」と言われても、真の菩薩とは誰なのか、どこにましますのか、聖人の不審は深まる一方だったと思われる。