「往生」=「困った」?
夫「おーい、まだか。遅いな、演奏会に遅れるで」
妻「ちょっと待ってぇな。今、メガネが見当たらんで往生してますねん」
夫「は?今何て言うた」
妻「だから往生してますと」
夫「おまえ往生の意味、間違うてないか?」
妻「ほんまでっか?困ったり弱ったりした時、『往生』って言いません?さっきもテレビで、大雪のために車が200台立ち往生ってニュースやってましたやん。人が死んでも『往』言いますねえ」
夫「そやけどそれは違うんや。ええか、往生の『往』は往く、という字や。『生』は生まれるという字。どこに『困る』やら『死ぬ』の意味があんねん。むしろその逆やろ」
妻「言われてみればそうやなあ。往けないなら困るけど、『往く』んやし、死ぬどころか『生まれる』んやから正反対やねえ」
夫「そうやろう。おかしな言い方がまかり通ってるんや」
妻「そうやけど、昔から、そう言うことになってるんやないの?それを理屈ばっかりやーやー言うてると、あんた友達なくしますで」
夫「余計なお世話や!そうじゃなくて、往生は仏教の大事な言葉なんや。間違うて使っていたら仏教を誤解してしまう」
妻「あら、それ仏教の言葉だったの?」
夫「そうや、往生には二つの意味があってな、一つは『生かされて往く』と読む往生や。この世で阿弥陀仏に救われ、絶対の幸福に生かされて往く、という意味になるな」
妻「へえ、もう一つは?」
夫「『往って生まれる』と読む往生や。死んで、阿弥陀仏の浄土へ往って、仏に生まれるという意味や」
妻「へーそうなんや。で、その二つは関係あるの?」
夫「よう聞いてくれた。この世、弥陀に救われて、絶対の幸福に生かされて往く身になった人だけが、死んで弥陀の浄土へ往けるんや」
妻「えっ!でも、うちの寺のご院さん、誰でも極楽往けるって言うてはったけどな」
夫「坊主が極楽往生を請け負ったところで、そんなもん当てになるかいな。親鸞聖人がどう仰っているかが大事なんや」
妻「親鸞さまは『生かされて往く』往生のできた人だけが、死んで極楽浄土へ往生できると仰ってるんやね」
夫「そうや、だから聖人は、この世の往生を急げと教えられたんや。おっと、こっちも急がんと。今何時や?」
妻「5時よ」
夫「あかんがな。おまえのせいで話が長うなってしもうた。早せな、席なくなるで」
妻「あんた、このチケットは指定席やから、そんなことあらへんよ」
夫「えーい、何でもええから、早してくれ」
妻「もう、何でも『はよはよ』言うて、アンタほんまに、せっかちやな」
夫「生まれつきや、ほっといてんか」
妻「出世もそれぐらい早けりゃ、ええんやけどねぇ」
夫「は?何か言うた?」
妻「いいえ。ほな、ぼちぼち行きましょか」