それが不実な信心や
妻「阿弥陀さまは信ずる一つで助けてくださると聞きましたけど、そんな簡単なん?」
夫「は?どこが簡単やねん」
妻「どこがって、私は薬師如来も大日如来も信じてないし、神サマかて信じてまへん。阿弥陀さまだけや思うてます。だったら、もう救われているんでしょ。簡単な話や」
夫「そうやない。そんな信心ではあかんねん。『阿弥陀さまだけを信じてる』言うけど、その心が問題なんや」
妻「心が?どう問題?」
夫「残念ながらおまえの不実な心では、どれだけ信じても、信じたことにはならんのや」
妻「……失礼ね、あんたこそ不実やないの。私はこう見えても、貞淑な奥さんで通ってますんや。真っすぐな人や言われてますで。それに比べてあんたは」
夫「あ、待った待った、昔のこと持ち出さんでもええ。そりゃえらいすまなんだ。でもな、こんな話があんねん。貧しい夫婦がおってな、奥さんが出産っていうのに、産婆さんを呼ぶ金がない。仕方ないから奥さん一人で生むことになったんや」
妻「そら大変やな」
夫「いよいよ陣痛が始まると、旦那はもう気が気でない。何とかあんじょう生まれますようにって、日頃、信仰していた金毘羅を拝んだんや」
妻「苦しい時の神頼みやね」
夫「ところがな、どれだけ拝んでも効きめがない。それどころか陣痛がますますひどくなる。見るに見かねた旦那さん、こりゃただでお願いしてもあかん、と思ったんやろな」
妻「ただではなあ、それで?」
夫「『南無金毘羅大権現さま、どうか無事生まれましたら、銅の鳥居を一対寄付いたしますよって、どうかよろしゅうお頼もうします』ってお願いしたんや。それが聞こえた奥さん、びっくりしてもうて、『あんた何言ってんねん!産婆さえ頼めんもんが、何が銅の鳥居や。もし子供が生まれたらどないするつもり?そんなお金、誰が工面するんよ、あほ!』って叫んだんやな」
妻「そらそうや」
夫「すると旦那が『えーい、黙っとけ。こう言って金毘羅だましてるすきに、さっさと生んでしまえ!』って」
妻「あははは、そりゃおもろいな。あんたみたいや」
夫「あははは……何でわしやねん。まあそれはええけど、これが私らの信心の実態よ」
妻「へ?信心の実態?」
夫「そや、あなただけです、信じています、お任せしますって、表向きは殊勝に言うけど、本音は、救われてしまえばこっちのもんや、それまでは〝信じたふり〟したろ、ちゅう思いがないか?」
妻「うーん、そうやな。打算的ゆうか、駆け引きしてるみたいな?」
夫「それよ。頭の中で損か得か、ソロバンはじいて阿弥陀さまと駆け引きしてないか?その心掛けを不実というんや」
妻「うーん、でもな、不実でない、まことの心で信じよ言われても、そんなまことの心、私らにあるんかいな?」
夫「大事なのはそこ。実は、ないんや。まことの心は、阿弥陀さまが用意なされて私たちに与えてくださるんよ」
妻「ほんまでっか?」
夫「そや、仏さまの心で信じさせられる信心やから、他力の信心いうんや」
妻「そうなんか。信心は難しいものなんやね。で、あんたはまことの心、頂けましたんか?結婚前は〝私だけを〟って言うといて、結婚した途端、変わらはりましたけどな」
夫「そりゃまた別の話や」