演目「証拠より論」
大家「困った、困った」
熊「おや大家さん。家賃が集まらないんですか。またハチ公の奴ですね、去年は親父さんが危篤、おととしは子供が事故だからなんてねえ、どっちもピンピンしてましたけどね。で今年は何て?」
大家「いや、もっと手ごわいのがいるんだよ、この間、越してきたお人だ。何でも最近救われたってえ話なんだ」
熊「救われた?あの人が?それで?」
大家「それがね、救われたからには大乗の菩薩だって、急に態度が大きくなるんだ」
熊「へえ大乗の菩薩?大丈夫ですかい、あの旦那」
大家「私もよく分からないからさ、とりあえず、家賃半年分お願いしますって手を合わせたんだ」
熊「手を合わせることないでしょ、滞納の菩薩に。で何て?」
大家「ここにはない。だがわが参る浄土へ来れば、七宝宮殿に金銀珠玉がうなるほどあるなんて言うんだよ」
熊「どうも怪しい」
大家「てまえどもでは、浄土までは往きかねますから、何とか今日中にって頼んだら、じゃあ今晩もう一度ここへ来い。大家にこっそり秘法を教えようなんて言うんだ」
熊「はあ?極楽往きの?」
大家「いや、秘法はいいから家賃を下さいって言うと、ああ仏縁がないというのはつくづく情けない。『縁無き衆生は度し難し』なんて散々小言聞かされて、追い出されちまったんだよ」
熊「ひでえや。救われたなんて、どうせ家賃踏み倒す口実なんでしょ」
大家「それがそうでもないんだ、あれは本物だって話だよ」
熊「ええっ、どこがホンモノなんで?」
大家「見た人がいるんだよ。ウンウン苦しがってたかと思ったら、突然風呂屋の煙突に登って『救われた!』とか言って、3回転宙返りをしたっていうんだ」
熊「バカと煙は高いとこへ行きたがるっていうじゃありませんか」
大家「それにね、だれに救われたか分からないけれど、この体験に間違いはない!天地が引っ繰り返っても、この心は微動だにもしねえ。それが論より証拠だって啖呵を切るんだ。あんなに断言するんだから、本物じゃないかって」
熊「その証拠は怪しいや。どだいあの人の断言は当てになりませんよ。明日は晴れる!と言えば雨が来るし、地震だ!と言えば自分の貧乏ゆすりだったし、何だって断言するからあの旦那、横丁の断言王子って言われてますよ」
大家「ハニカミ王子なら聞いたことあるがな」
熊「いずれにせよ大家さん、私はこうなった、ああなったって仏法使って自慢する奴にかかわるもんじゃありません。そういう連中の体験話みたいなもの、親鸞さまの書かれたものにありますか?」
大家「そりゃ風呂屋の煙突なんて話は出てこないだろうけど、余程すごい体験したからあの人もああ言うのだろう?」
熊「大家さん、その心が迷いの元だ。旦那に言っておやんなさい。どんな体験だろうと、三世十方を貫く、お聖教のお言葉と合致しなければ、二束三文だって。論より証拠の前に、証拠より論」
大家「おまえさんがそう言うなら頼もしいや。いっそ私の代わりに家賃を取りにいってくれないかい」
熊「いいですよ。家賃もらってきたら、今度一緒に仏法を聞きにいきましょう」
大家「そうだな。円無き衆生はこりごりだ」