一向専念ってなんでやねん
班長「ご隠居はんのこと、皆、変わりもんや言うてますで」
隠居「ほう、なんで?」
班長「だってそうやないですか。町内の祭りには一ぺんも顔見せんし、宮の寄付金も一切出さん。それでいて震災の義援金なんかは、えらい気前よう出しはりますしなあ」
隠居「ああ、そのことか。あんたにも一度話をしておこうと思うとったとこや」
班長「何をです?」
隠居「私はな、昔から阿弥陀仏一仏に向かってるんや。だから神なんか目もくれん」
班長「ええんですか、そんなこと言うて。今までようバチが当たらんかったもんや」
隠居「当たり前や。バチなんか絶対当たらん」
班長「えらい自信でんな」
隠居「そりゃそうや。阿弥陀さまに手を合わせたら、諸仏も菩薩も神も皆、大喜びしはるんやからな」
班長「は?ほんまでっか?」
隠居「ほんまや」
班長「またまた、そんな都合のええこと言うて」
隠居「うそやない。蓮如上人がそう仰ってはる。『阿弥陀如来は三世諸仏の為には本師・師匠なれば、その師匠の仏をたのまんには、いかでか弟子の諸仏のこれを喜びたまわざるべきや』とほら、『御文章』に何カ所も書いてあるで」
班長「ほんまや、ありますな」
隠居「あらゆる仏方はな、皆、阿弥陀さまのお弟子なんや。ええか、弟子っちゅうのはな、お師匠さまを心から尊敬してこそ弟子なんやで」
班長「そうですやろな」
隠居「だからな、その師匠の阿弥陀さまに私らが手を合わせれば、当然、弟子の仏方は皆、お喜びになられると仰ってはるんや」
班長「そりゃ、そうでんな。でもそれと神サマは違いますやん」
隠居「いいや違わん。神とか菩薩というのはな、諸仏のまだ下なんや」
班長「えっ!そうでしたんか」
隠居「そや、諸仏方でさえ先生と崇める阿弥陀さまを、菩薩や神が崇めないわけがない」
班長「まあ、そうなりまんな。でも……阿弥陀さまだけちゅうのはどうも、考え方が偏ってるというか、視野が狭うなるというか……」
隠居「何言うてんねん。世間でも言うやろ。『忠臣は二君に仕えず、貞女は二夫をならべず』って」
班長「はあ、聞いたことありますな」
隠居「忠義な家来は、主君は一人と心に決めたら、絶対他の主君には仕えんもんや。奥さんかって、二人の夫に仕えたりはせんやろ。それとも何か、あんたとこの奥さんは、あんたの他に、別の旦那に仕えてはるんか?」
班長「め、滅相もない。私一人のはずです」
隠居「そやろ。どんなに頼りなくても主人は主人や。主人は一人に決まっとる。それでもあんた奥さんに、それは偏ってるとか、視野が狭うなるとか言うんかいな」
班長「まさか、そんなことよう言いませんわ。主人は一人でええ。偏ってなんかない。それでええんです、それで」
隠居「そやろ。同じことや。諸仏や菩薩や神に向かわんで、本師本仏の阿弥陀仏一仏に向かえばそれでええんや」
班長「ええこと聞きました。主人一筋。うちの奴にもよう言い聞かせときます」
隠居「ほな、あんたも奥さん以外に色目使うたらあかんで」