「聖人一流章」に全て収まる
奥「村長はん、うちで取れた大根、よかったらどうぞ」
村「おおきに。いつもすまんなあ。これはほんのお礼や」
奥「いえいえ、そんな気ぃ遣わんといてください、ええ」
村「って、チャッカリ財布に入れてますなあ」
奥「ハハ、それより村長さん、ゆうべ家族で勤行しましてな」
村「ほう、そら感心や」
奥「『正信偈』のあとに『聖人一流章』を拝読しますやろ。それで『一念発起・入正定之聚とも釈し』のところで、突然うちの人が『分かった!』言いましたんや」
村「おお、あんたの旦那さん、『一念』が分かったんか!」
奥「いや、そうやのうて『畑に鍬を忘れてきたのを思い出した』って言いますねん」
村「はあ?何やそれは。忘れ物を思い出したんかい」
奥「私はもうガッカリで」
村「ハハハ、体はじっと座っていても、心は動きづめやからなあ。ボーッとしていると分からんけど、心を静めて勤行しようとすると、散り乱れた心が見えてくるんや。勤行すると忘れ物を思い出すって昔からよう言われてな、旦那さんも、勤行しながら心は畑を飛び歩いておったんやろ」
奥「あきれた人や」
村「あんたはどうなんや?仏前で姿形は殊勝でも、心は娑婆中駆けずり回り、阿弥陀さまから逃げ回ってないか?仏教では、口や体も大事やが、心が最も大事と言われる。そんな不実な心しかあらへんから、救われ難いんよ」
奥「確かにそうですなあ。でも、うちの人は『念仏称えれば、死んだら誰でも極楽や』って言い張ってます」
村「寺でそう教えるからなあ」
奥「私、どう言うたらええんですやろ……。昔から寺ベッタリの人やし」
村「それやったら『聖人一流章』で答えたらええがな」
奥「『聖人一流章』で?」
村「そや、一切経のエキスを凝縮したのが『教行信証』で、その『教行信証』の内容をギュッと圧縮したのが『聖人一流章』や。だからあの短いお言葉の中にな、一切経七千余巻が全て収まってんねん」
奥「ほんまでっか!」
村「そうや。だから旦那さんに言うてみい。『あんた、死んだら極楽や言わはるけど、浄土往生がハッキリするのは、この世なんやよ』って」
奥「そんな死んだ後のことが今ハッキリするか、って言われそうですわ」
村「そしたら『聖人一流章』を開いて、ここに『不可思議の願力として、仏の方より往生は治定せしめたまう』とあるやろ。阿弥陀仏が往生を治定してくだされるんや。『その位を一念発起・入正定之聚とも釈し』とあるとおり、『一念発起』も『正定聚に入る』も、この世でハッキリする、いうことや。『如来わが往生を定めたまいし』とあるけど、阿弥陀さまに、あんた往生定めていただきましたんか?って聞いてみたらええ」
奥「そりゃええなあ。うちの人、目を白黒させるわ」
村「こんな短い『御文章』に4回も、この世で往生がハッキリすると教えられてんのに、寺のもんは一体、どこをどう読んでるんや。あんた、ついでに寺へ行って、住職に同じこと言うて来たりい」
奥「そらまた、面白い。ほな、早速行って来ますわ」
村「お、おーい、もう行ってしもたんかい。何やあの人、財布置いていきはったで……ま、ええか、晩の勤行で思い出すやろ」