浄土真宗の正統は「平生業成」を説く
「死んだらお助け」が浄土真宗と思っていませんか?
「生きている今、救われる」のが本当の浄土真宗です(5/6)
親鸞会で「現在ただ今、ハッキリする」弥陀の救いが分かった
今日、「弥陀の救いを急げ」と勧められている声を聞くことはほとんどありません。「弥陀の誓願」を、“死後の極楽参り”ぐらいに考えている話ばかりです。
富山県の野口義男さん(仮名)は、本願寺派末寺の門徒総代を20年務め、京都の本山や地元で50人から説教を聞かれたそうです。しかし、世間話ばかりで、親鸞聖人の教えはゼロだったと憤慨しています。親鸞会で本当の親鸞聖人の教えを知り「衝撃を受けた」と驚かれました。
「本願寺なのに、弥陀の『本願文』を聞いたことがない。本願さえないから、『本願成就文』などあるはずない。『死んだら極楽』が大前提で、『平生業成』も何もなかった」
東京の山本信弘さん(仮名)は、京都の本願寺での帰敬式や築地本願寺の講座に参加し、放送大学の真宗講座も受けました。しかし、
「聞かされたのは、『念仏を称えれば、死んだら極楽』ばかり。5年前、親鸞会での勉強会に参加して初めて『平生業成』の教えを知って、ビックリ仰天しました」
と振り返ります。
親鸞聖人の教えが知りたいと本願寺を訪ねながら、「親鸞聖人の教えを聞くことが出来なかった」という真宗難民の憤りは増すばかり。
浄土真宗を名乗り、いくら大きな伽藍があっても、平生の弥陀の救いが説かれていなければ“看板に偽りあり”なのです。
親鸞会は平生の弥陀の救いを一貫して明らかに
60数年前、親鸞聖人の教えを伝え始めてから一貫して、高森顕徹先生は、この世から未来永劫救いたもうのが弥陀の本願であることを開顕されてきました。
著書の『歎異抄をひらく』には、
「弥陀の誓願不思議に助けられまいらせて往生をば遂ぐるなり」と信じて「念仏申さん」と思いたつ心のおこるとき、すなわち摂取不捨の利益にあずけしめたまうなり(『歎異抄』第一章)
“「すべての衆生を救う」不思議な阿弥陀如来の誓願の力によって救われ、疑いなく弥陀の浄土へ往く身となり、念仏称えようと思いたつ心のおこるとき、摂め取って捨てられぬ絶対の幸福に生かされるのである”
弥陀の救いの「時」は、
「念仏称えようと思いたつ心のおきたとき」
と、平生の一念であることを明言された親鸞聖人の教えが『歎異抄をひらく』にハッキリと書かれています。
「死んだら極楽」「死んだら仏」とばかり聞かされていた浄土真宗の門徒が、『歎異抄をひらく』の内容に驚いて、「今まで本願寺から聞いてきたことと違う。どこに行けば本当の親鸞聖人の教えを聞くことができるのか?」と、親鸞会の勉強会に足を運ぶ人が各地で増えているのも当然のことでしょう。
住職の意外な言葉「御名号こそ浄土真宗の正しい御本尊」|親鸞会