親鸞聖人の三大諍論とは、どんなことか(2)
~信心同異の諍論~
親鸞聖人が、法然上人のお弟子であった時に、法友たちと3度も争いをされたとお聞きしますが、どんなことでなされたのでしょうか。 (その2)
親鸞聖人の三大諍論の第二は、「信心同異(しんじんどうい)の諍論」といわれています。また「信心一異の諍論」ともいわれます。
これは『御伝鈔』にもありますように、この諍論は、法然上人はじめ、聖信房、勢観房、念仏房などの錚々たる人の居並ぶ前で、親鸞聖人が、「法然上人のご信心も、私の信心も全く異なるところはありません」とおっしゃったことから始まりました。
この聖人の信心平等宣言は、法友の聖信房や勢観房らには、青天のへきれきであったに違いありません。
当時、法然上人は、智恵第一、勢至菩薩のご化身(※)と尊崇されていた方です。その法然上人の信心と、同じ信心になれるということは、誰も夢にも考えられないことであったからです。当然、猛反発が起きました。
「あなたは、少し口が過ぎてはいませんか。深智博覧、智恵第一のお師匠さまと同じ信心とは、驕慢至極ではありませんか。お師匠さまを冒涜する暴言でしょう」
彼らは、朝夕、法然上人の説法を聞いていても、よく分からないお言葉がしばしばあります。これは、お師匠さまが智恵第一のお方だから、私たちの理解が及ばないのであろうと、法然上人を雲の上に奉っていた人たちですから、親鸞聖人の発言は大変な驚きであったのです。
聖人は、おだやかにおっしゃいました。
「決して、誤解しないでください。私は、智恵や学問や人徳が、お師匠さまと同じだと言っているのではありません。もし、そう言っているのなら、ご非難はごもっともです。私はただ、弥陀より賜った信心が異ならぬと申しているのでございます」
この諍論に対して、法然上人のご裁断は、快刀乱麻を断つ明快なものでした。
まず、法然上人の信心と同じになれないと主張する、聖信房、勢観房、念仏房らに対しては、
「信心のかわると申すは自力の信にとりての事なり、すなわち智慧各別なるが故に信また各別なり」
とおっしゃって、法然の信心と異なるのは自力の信心であると断定されて、こうおっしゃっています。
「自力の信心は、各自の智恵や学問で築き上げた信心だから、各人の智恵や才覚に応じた信心を造り上げるのである。ゆえに、同一にならないのが、自力の信心の宿命なのである。
それに対して、他力の信心は、善人も悪人も、智者も愚者も、ともに阿弥陀仏より頂いた信心だから、異なるはずがないのだ。
この法然の信心も親鸞の信心も、弥陀より賜った信心であれば、全く異なるところはないのである。
法然が特別に賢くて、頂けた信心ではない。弥陀から賜った同一の信心でなければ、平等の証果は得られないのである。もし、私と異なった信心の者は、私の往く浄土へは行かれないのだ。よくよく思案すべきであろう」
とおっしゃっています。
ここに面々舌を巻き、口を閉じてやみにけり(御伝鈔)
“この法然上人のご裁断に、みな、言葉を失ってしまったのである”
と覚如上人はおっしゃっています。
親鸞聖人が、法然上人の信心と同じだと喝破なされたのは、自力の信心と他力の信心の相異点を、私たちに鮮明にせんがための諍論であったのです。
※)化身…姿を変えたもの。