無気力な少年が一転 医師を目指す
増田 裕紀(仮名)
「そんなに力まなくてもいいのに……」。目標を持ってがんばっている友人を冷めた目で見ていた。
「今から思うと、働き過ぎて死んだ父のことが、心の隅にあったからかもしれません」
過労で父が亡くなったのは5歳の時だった。
人が死ぬとはどんなことか、すぐには理解できなかったが、もう二度と会えない寂しさが、強烈な恐怖となって幼心に突き刺さった。夜、布団に入るたび「死にたくない」と震える日々が続く。
「死ねばなにもかもなくなるとは思えなかったし、死んだら自分はどこへ行くのだろうと思うとますます不安になりました」
母に尋ねての「考えてもしかたないわ」と言われるだけ。学校では話題にもならず、先生や友人にも聞けなかった。やがて「あきらめるしかないんだ」と思うようになる。
煩悶を心の奥にしまい込み、次第に没頭していったのはゲームの世界だった。高校の授業が終わるとゲームセンターへ直行、帰宅後もゲーム三昧。退屈な日常を一時でも忘れられる、現実逃避の手っ取り早い手段だった。
平成14年、大学の工学部に進み、仏法と出遇い、親鸞会の会員となる。
「まず感動したのは、人間の生と死について真正面から教えられていたことです」。
父の死や、そのあと襲われた恐怖を思い出した。続けて聞くうちに「死の巌頭に立っても崩れぬ幸福があると知らされ、求めずに折れなくなりました」。
医学部再受験を決めたのは「人間に生まれねば果たせない尊い目的がある。その命を守る医師になろう」と思ったからだ。
「仏教では、険しい道こそ素晴らしいと教えられます。何事にも本気を出せなかった私が、最も険しい道とも言える医師を目指しているとは、昔の自分からは想像もできなかったことです。常に全力出し切る医師になりたいと思っています。」