この人だから 仏法聞けた
広島 安藤裕美さん
おととしの12月、結婚して最初の週末のことである。
カバンに荷物を詰め込む夫・武史さんを、裕美さんは奇妙な思いで見つめていた。
夜になって、夫は言った。
「行ってきます」
「どこへよ?」
「富山へ」
「はあ?今からぁ?」
日曜日、一緒に買い物に行くつもりでいた裕美さんは、思わず口走った。
「私と仏法とどっちが大事なのよ!」
とにかく妻の言うことにしっかり耳を傾けた
結婚前から、夫が仏法を聞いているのは知っていた。
しかし、富山まで行くとは全く想定外だった。
話が違う、とご法話から帰るたび夫を責めた。
だが武史さんは黙ってうつむくだけだった。おなかにはすでに子供もいる。思ってもみない夫婦生活の始まりに、裕美さんは目の前が真っ暗になった。
一方、武史さんも妻にどうしてやればいいのか悩んでいた。
法友の勧めで買った、分かりやすい父親向けの育児書を熟読した。そこで学んだことは、男と女の考え方の違い、そして対話の重要性だった。
「ぶつかった時、もちろん自分にも言い分はありました。でもそれは抑えて、とにかく妻の言うことにしっかり耳を傾けることにしたんです」
妻は何が不満なのか。何をしてほしいと思っているのか。それが分かると、自分が何をすればいいかも分かってきた。
妻の体調をいつも気遣い、炊事、洗濯を快く手伝い、できない時は素直にわびた。
自分に過ぎた夫に思えた
裕美さんは武史さんに対して、優しく誠実さを持っている男性だと感じていた。仏法については納得できなかったが、それ以外のことでは自分に過ぎた夫に思えた。
怒りは次第に、関心へと変わった。そこまでして彼が求める仏法とは何なのか。
「私が逆上していても、夫はいつも冷静なんですね。そのブレのなさに、仏法には何かあるのかなと感じたんです。夫が私のことを知ろうとしてくれるのですから、私も夫をよく知ろうと思ったんです」
結婚して最初の春、地元・広島での講演会に出掛けようとする武史さんに、裕美さんが声をかけた。
「私もついて行っていい?」
今年1月のご法話には夫婦そろって参詣した。同じ月の22日夜、広島を担当する親鸞会講師の携帯電話が鳴った。
「遅くなりましたが、私も親鸞学徒にならせてください」
電話の向こうから、裕美さんの声が朗らかに響いた。
(プライバシー保護のため、個人名は仮名にしてあります)