父母の恩 重きこと 天の極まり無きが如し
「生子忘憂の恩」に、亡き母を思い涙
富山県 内田恵美子
39歳で他界した母の追悼を申し込むのも、今年で7年目になりました。
その追悼会での『父母恩重経』のご説法、胸にしみ入りました。
小学生のころ、宿題で「あなたが生まれた時」というタイトルの手紙を、母に書いてもらったことがあります。
そこには、私を生む時、どれほど苦しかったかなどの内容は一切なく、父も母も、祖父母も姉も、家族中が私の誕生を心から喜んでいたと、優しい字でつづられていました。
「生子忘憂」のお話で、そのことが思い出され、込み上げてくる涙を止めることができませんでした。
今は亡き母の望むことは、私の幸せであると心にとどめ、生きる目的を明らかにされた親鸞聖人の教えを聞かせていただきたいと思います。
そして母の分まで、父に真実の仏法を伝えたいと思います。
夜中に何度も救急外来に
東京都 松平俊介
親を大事に孝行することが当然という倫理観が崩壊している世の中で、「孝行せよ」の『父母恩重経』の深い御心を、親鸞聖人のみ教えから明らかにしてくださいました。
今回、「究竟憐愍の恩」が、大変心に残りました。
社会人になった今も、自宅から職場へ通っています。
帰宅が夜12時過ぎることもたびたびで、外食も多いです。
そんな私の体を母は気遣い、食事を作り置きしてくれたり、将来を案じてくれるのですが、ありがたく感じる一方で、もう社会人なのだから、そこまで心配してくれなくても……という心も出てきます。
早く家を出て独立し安心させたいと思いますが、どんなに物理的に親元を離れても、何歳になっても、ずっと親の恩の中にいて、離れ切ることはできないのだと強く知らされました。
幼いころは、小児喘息で夜中に発作が出て苦しむ私を、何度も救急外来に連れていってくれました。
父は、ひどいせきで苦しむ私を見かねて、少しでもきれいで新鮮な空気を吸わせたいと、小学校も高学年になっていたにもかかわらず、おぶって夜中に、外を散歩してくれました。
両親はきっと、私が社会人になった今も、小さいころの私を見る時と何ら変わることなく、心配してくれているのだろうと思うと、ご恩の大きさに胸が締めつけられるほどです。